東京高等裁判所 昭和56年(う)1433号 判決 1982年11月09日
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用中証人青木実蔵に支給した分は被告人四名の、証人鈴木克己及び同山本昭二に支給した分は被告人篠塚茂雄、同中村辰夫及び同田中豊德の、証人小林晴夫に支給した分は被告人富岡郁男及び同田中豊德の各連帯負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人本人四名及び弁護人田原俊雄外二名が各連名で提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事古屋亀鶴が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第一 被告人本人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意第一章の事実誤認の主張について
論旨は、原判示第一ないし第四の各事実について、原判決の事実認定を多岐にわたつて争つているが、原審記録を調査し当審における事実取調の結果をも参酌して検討すると、原判決が挙示する関係証拠によれば右原判示事実を肯認することができ、当審における事実取調の結果もこれを覆すに足りない。所論は、最高裁判所第一小法廷の判決を引用して原判決の証拠採否を非難するが、供述証拠の信用性を評価するに当たり、供述者が事実を誇張し歪曲し、あるいは誤解に基づく供述をしていないかなどを慎重に見極める必要があることは、ひとり労働紛争や派閥対立に根差す事件に限らないのであつて、このような事件における供述証拠につき、常に信用性を否定しあるいは肯定されるべきであるという必然性はなく、要は、当該事件における具体的な証拠の信用性に関する評価の妥当性いかんに帰するものと解される。以下所論に鑑み、若干付言する。
1 原判示第一の事実について
論旨は、要するに、(1)被告人中村辰夫は、原判決において共謀成立時とされている右犯行当日の午後七時三〇分ころは、動労大宮支部青年部長として同支部事務所に待機しており稲荷台信号所南口付近には行つていないのであり、したがつて他の共犯者との共謀が成立する余地はなく、また、同被告人が佐藤昭二企画係長に対し「用がないから帰れ。」と詰め寄つたこともなく、仮にそうでないとしても、同人に対し、単に「何という名前だ。」などとその氏名を質したにとどまり、公務執行妨害罪に該当する行為を行つていないのであり、(2)被告人田中豊德、同篠塚茂雄らは、坂田正雄首席助役らに対し公務執行妨害罪に該当する暴行を加えておらず、また、佐藤企画係長は、日常生活に支障をきたす程度の刑法にいう傷害を負つていないから、右被告人三名はいずれも無罪であるにもかかわらず、原判決がこれを看過してその犯行を認めたのは事実誤認に当たる、というのである。
そこで、まず(1)の所論のうち、被告人中村が事件現場にいなかつたとする主張について検討すると、原審証人田辺弘三は、坂田首席助役らとともに稲荷台信号所南口に赴いた際被告人田中ら四、五名が入口に立ちはだかつていたが、その中に被告人中村がいたように思う旨証言しており、また、原審証人坂田正雄、同松沢十四男及び同神田勇三は、いずれも、右時点での被告人中村の存在については言及していないものの、同信号所に一旦入つて出て来た坂田首席助役らと右立入りに反対する動労組合員が同所南口前付近で小競合の状態になつていたとき、被告人中村がその中にいたのを現認した旨証言している。これら各証言は、その大筋において相互に符合しているばかりでなく、被告人中村を現認した状況に不自然な点がなく、同被告人を他人と見誤つた形跡は窺われないこと、田辺証人以外の前記各証人が、坂田首席助役らが同信号所に立入る前に被告人中村が付近にいたのを記憶していないのも、当時は多数人が相対した混乱した状況にあり、しかも坂田首席助役らに対し帰れなどと発言していた被告人田中と異なり同中村がこのような行動に出ていたわけでもないことによるものと理解でき、何ら右各証言の信用性を疑わせる証左となるものではないこと、田辺ら各証人がことさら虚偽の証言をして被告人中村を罪に陥れなければならない事情は窺われないことなどに加えて当審証人山本昭二が田辺証人の証言内容に副つた証言をしており、その内容に特に不合理な点は看取されないことをも考慮すると、前記田辺証人ら四名の各原審証言の信用性に欠けるところはないものと認められる。そうしてみると、右田辺証言によれば、被告人中村は、坂田首席助役らが稲荷台信号所に赴いた際、それまでの経緯は明らかでないものの、少なくとも、被告人田中らとともにその入口に立ちはだかつていたものと認められ、この点の原判決の認定に違法の廉はない。なるほど、被告人中村を始めとする同被告人側証人や他の被告人は、いずれも原審及び当審において、被告人中村は、待機班に所属していて鈴木克己動労大宮支部委員長とともに同支部事務所で待機していた旨所論に副う供述をしている。しかし、これら各供述は田辺証人らの前記各証言内容と矛盾しており、ことに、田辺証人は、右犯行当日午後六時ころ入出区状況を把握するため稲荷台信号所へ出向いた際、被告人中村や同田中らから「何しに来た、普段来てないのに何故闘争になると来るんだ。」などと言われて同信号所への立入りを阻止された旨証言しており、これは、右犯行と直接関係のない事項を内容としたものでその信用性を疑うべき証跡は存しないこと、同被告人らの供述によつても同日支部事務所において常時待機を必要とする格別の用務があつたとは窺われないうえ、被告人中村は、鈴木委員長に指示されて同信号所の様子を見るためにその付近に行つたとしながら、同所に一五分位とどまつていて坂田首席助役ら国鉄管理職員が引揚げた後も激励行動に参加していたことを自認していることからすると、同被告人が、待機班に所属していたからといつて、坂田首席助役らが前記のとおり同信号所南口に赴いたころ、被告人田中らの激励行動に参加するなど何らかの理由で同信号所付近にいた可能性が否定されるものではないこと、原審証人木村隆之(第三五、四七回公判)は、坂田首席助役らが同信号所南口から外へ出た後事態を報告しようと考えて同信号所北口から前記組合事務所へ行く途中転車台付近で被告人富岡郁男を見かけ、次に同事務所手前で同中村に会つた旨被告人中村らの供述を裏付ける証言をしているが、同証言は、原審証人松沢及び同神田が、坂田首席助役らが同信号所南口から出て来た後も木村が同所付近にいたのを現認した旨証言していることと矛盾するばかりか、証人池田宏明の原審証言によれば、同証人は、木村と相談して被告人富岡を呼ぶために乗務員詰所へ行き、同被告人に指示されて前記組合事務所に事態を電話連絡したというのであるから、坂田首席助役らの同信号所への立入りを阻止しようとしていた木村が池田に続いて同事務所へ行つたというのは不自然であり、木村の前記証言はたやすく信用できないことなどを考慮すると、被告人中村らの所論に副う前記供述は、他の関係証拠と符合せず十分な裏付けに欠けるものであつて、到底信用することができない。この点の所論は、排斥を免れない。
次に、(1)の所論のうち、被告人中村が佐藤企画係長に対し「用がないから帰れ。」などと言つて詰め寄つたことはないと主張する点について検討すると、原審証人松沢は、被告人中村と木村が佐藤企画係長に対し「何という名前だ。」とか「どこから来たんだ。」などと言い、同係長は二、三歩後へ退いた旨証言している。所論は、その信用性を争うが、記憶のない点はその旨述べるなど同証人の証言内容は自然で被告人中村の右行為を現認した状況に不合理な点はないこと、原審証人坂田は、稲荷台信号所南口から被告人田中に押し出された後同中村から「処分の理由がはつきりできねえじやないか。」などと、原審証人神田は、そのころ同所付近で被告人中村から「用がないから帰れ。」などとそれぞれ申し向けられた旨証言しており、これらによれば、被告人中村がその場にいた国鉄管理職員に対し度々詰め寄つていたことが窺われ、前記松沢証言はこれと符合していること、他方、相手方である原審証人佐藤昭二は、当時被告人中村を見たかどうかは分らない旨証言しているが、同証人は、原判示のとおり被告人篠塚から暴行を受けたほかにも動労組合員から胸倉を取られて小突かれたりしたことがあつたと認められることからすると、印象の強い右暴行被害を記憶にとどめ、被告人中村との接触状況に特別の印象を受けなかつたためと理解できることなどを考慮すると、前記松沢証言は十分信用することができる。してみると、被告人中村が佐藤企画係長に対し同証言のとおりの文言を申し向けて詰め寄つていたことが認められるが、原判決が認定するように、被告人中村が佐藤企画係長に対し「用がないから帰れ。」と詰め寄つたという点については、同被告人からそのように言われたという前記証人神田の原審証言から直ちに被告人中村が佐藤企画係長に対しても同旨の文言を申し向けたものと認めることはできず、他に前記原判示事実を認めるに足る証拠はない。したがつて、原判決はこの点を誤認したものといわなければならないが、被告人中村が佐藤企画係長に対し詰め寄つていたことに変わりはなく、単にその際の発言内容を誤認したに過ぎないから、右誤認は判決に影響を及ぼすものではない。
次に、所論は、被告人中村が佐藤企画係長に対し「何という名前だ。」などといつたとしても公務執行妨害罪の刑責を負うものではない旨主張するので検討すると、関係証拠によれば、被告人中村は、当日、動労からの脱退者に対して暴力行為に及んだことを理由とした停職一〇か月の処分の通知を受けるや、鈴木委員長ら他の動労組合員とともに二回にわたり区長室に押しかけ岩田正雄大宮機関区長らに対して右処分について抗議し、引す続き行われることとなつた順法闘争において動労大宮支部青年部長として中心的役割を果たしていたこと、同被告人は、国鉄当局と動労大宮支部との間で闘争時には互に稲荷台信号所の中に入らない旨の約束があると聞いていて、当日午後六時ころ同所に立入ろうとした田辺構内助役に対し前記のとおり「何しに来た、普段来てないのに何故闘争になると来るんだ。」などと申し向けてその立入りを阻止しており、その後坂田首席助役ら一三名が同信号所に入ろうとした右犯行の際もその場に居合わせて、前記のとおり被告人田中らとともに同信号所南口に立ちはだかり、被告人田中らの暴行を受けて同信号所南口から押し出されて来た坂田首席助役や神田機関車課員に対し「処分の理由がはつきりできねえじやないか。」「用がないから帰れ。」などと申し向けたり、佐藤企画係長に対し前記のとおり申し向けて詰め寄つていることが認められる。このような、被告人中村が当日前記処分の通知を受けた事実、同被告人の動労大宮支部及び順法闘争における地位・役割、闘争時における国鉄管理職員の稲荷台信号所への立入りに関する認識、右犯行時及びこれに至る当日の同被告人の行動などに照らすと、同被告人は、坂田首席助役らが同信号所南口へ行くのを認めて被告人田中らとともに同所付近へ行つた際、田辺構内助役が前記のとおり同信号所に入るのに失敗していたにもかかわらず坂田首席助役らが多数人で再度同信号所に立入ろうとしていることからすると、単なる説得などの手段ではこれを阻止することができず、実力をもつてでも同人らの右立入りを阻止しようとする意思を有していて、そのころ被告人田中らと暗黙のうちに意思相通じて同旨の共謀をなしたものと認めたうえ、被告人中村の前記行為を右阻止行動を助勢する一環としてなされたものと認めた原判断は相当であり、右共謀に基づき現に被告人田中らが原判示の暴行に及んでいる以上、被告人中村が原判示第一の公務執行妨害罪の刑責を負うのは明らかであつて、その余の所論を検討してみても原判決に所論のような事実誤認の違法はなく、(1)の所論は、採用できない。
(2)の所論のうち、被告人田中豊德、同篠塚茂雄らは、坂田首席助役らに対し公務執行妨害罪に該当する暴行を加えていないと主張する点について検討すると、原審証人坂田、同佐藤昭二の各証言等原判決の挙示する関係証拠によれば、原判示第一の被告人田中らの犯行を優に肯認することができる。なるほど、原判決は、主に右坂田証言に依拠して被告人田中の坂田首席助役に対する犯行を認定しているが、同証言の信用性には何ら欠けるところがないばかりか、同人とともに稲荷台信号所に入つた田辺構内助役及び萩原孝雄運輸長付主席は同人とほぼ同時に被告人篠塚らによつて同信号所南口から外へ押し出されており、同南口外側では国鉄管理職員と動労組合員とが小競合をしていたことからすると、被告人田中の右犯行について他に目撃者がいなかつたとしても格別不自然とはいえず、もとよりそれ故に前記坂田証言の信用性が否定されるものではない。他方、被告人田中、同篠塚及び原審証人木村は、原審や当審において、手で軽く押すなどして退出を促したところ、坂田首席助役ら三名ともさしたる抵抗もせずに同信号所南口から外へ出た旨述べているが、田辺構内助役及び萩原運輸長付主席は同信号所に入ることを、坂田首席助役はその護衛に当たることをそれぞれ命じられていて、同人らは同信号所から一旦出た後も再度入ろうと試みていることからすると、同人らが被告人田中らの述べた前記態様で同信号所を出たものとみるのは著しく不自然であつて、被告人田中らの前記供述は到底信用することができない。次に、所論は、被告人篠塚らの佐藤企画係長に対する原判示暴行等に関し、同証人及び証人神田の各原審証言の信用性を争うが、佐藤企画係長はもとより、同人との位置関係ことに同人の被害後その一、二メートルの距離に駆け寄つていることなどからすると神田機関車課員についても、被告人篠塚や同田中の右犯行前後の行動を目撃した状況に不自然な点や被告人田中を他人と見誤つた形跡はなく、佐藤企画係長の被害後の行動に関する証言部分も所論のように被害を誇張した不審な点は看取されないのであつて、前記両証言の信用性に欠けるところはないものと認められる。もつとも、原判決は、一部無罪の理由中において、佐藤企画係長は被告人富岡と面識がなかつたとして同被告人に関する証言部分の信用性を否定しているが、同係長は、原審において被告人田中の顔と名前を知つていた旨一貫して証言していたばかりか、証人坂田の原審証言中にも右犯行直前に被告人田中が同篠塚とともに同係長に詰め寄つていた旨前記佐藤証言を裏付ける部分があり、証言の一部が措信されないからといつて他の部分の信用性が当然に否定されなければならない理由はないから、右の故をもつて同証言の信用性が否定されるものではない。他方、被告人篠塚は、原審及び当審において、同係長の制服の名札を見ようとして右手で同係長のアノラツクの胸より下付近を掴んだところ、同人がこれを振り払おうとして身体を動かしたので右手が同人の腹に当たつた旨供述しているが、これは、同被告人と揉み合つたことはなく、右供述のような態様で同被告人の手拳が自己の身体に触れたことを否定し、同被告人から手拳で突き上げるようにして鳩尾の部分を殴られたと明確に証言している前記佐藤証言と矛盾し、現に同人が後記のとおり傷害を負つていることに照らし、信用することはできない。
(2)の所論のうち佐藤企画係長の傷害の不存在ないし軽微性を主張する点について検討すると、刑法にいわゆる傷害とは、他人の身体に対する暴行などによりその生活機能に障碍を与えることであつて、ひろく健康状態を不良に変更した場合を含むものと解されるところ、証人高木祐一の原審証言及び同人作成の診断書によれば、佐藤企画係長は被害当日の昭和四七年四月三日の夕方大宮中央病院に来院して高木医師に対し殴られた場所として鳩尾部分を指示し、触診によつて同箇所の直径約一〇センチメートルの範囲に圧痛が認められたものの、骨の異常や外傷は認められなかつたこと、同医師は、全治約五日間を要する見込みの胸骨部及び腹部打撲傷と診断し、湿布、注射などの治療をなし、以後同月八日まで通院し毎日湿布治療を続けたものの、右傷は同月六日にはほぼ治癒していたことが認められる。右事実と証人佐藤の原審証言によれば、同係長は、四日間でほぼ治癒したとはいえ圧痛があつて治療を要した打撲傷を負つたのであるから、これが刑法上の傷害に該当することは明らかであり、(2)の所論は採用できない。その余の所論を検討しても原判決に所論のような事実誤認の違法は認められず、論旨は、理由がない。
2 原判示第二の事実について
論旨は、要するに、被告人篠塚が阿久津憲一運輸長付主席を機関車に押しつけたり、同中村が佐藤浩当直助役の持つていたモツプを奪い取ろうとしたことなどないにもかかわらず、原判決が、信用性に乏しい竹田慶三及び佐藤浩の各原審証言に依拠して被告人両名の右犯行を認めたのは事実誤認に当たる、というのである。
しかしながら、証人竹田の原審証言は、被告人篠塚が原判示第二記載の電気機関車のいわゆる山側(西側)において阿久津運輸長付主席に対して原判示の暴行を加えたのを目撃した状況を率直に述べたものであり、右犯行から約五年三か月余り後になされたことからすると、所論も指摘するように同証人が一部記憶を失つているのも日時の経過によるものと理解でき、その証言内容に不審な点はないこと、同被告人は原審において山側にいたことを自認しており、竹田証人の指摘する同被告人の声がかん高いという特徴については、証人坂田及び同神田の各原審証言中にこれに副う部分があるなど竹田証言は他の証拠と符合しており、他にこれと客観的に矛盾する証拠はないことを考慮すると、同証言の信用性に欠けるところはないものと認められる。次に、所論は、被告人中村は前記機関車の山側には行かなかつたとして証人佐藤浩の原審証言の信用性を争つている。同証人は、同機関車の海側(東側)から山側へ移動した後被告人中村からモツプを奪い取られそうになつたと証言しているところ、証人萩原孝雄の原審証言中には同機関車の海側から山側に移動した後山側で同被告人を見たとの部分があり、また右各証言や証人宮竹照藏の原審証言によれば、同機関車のスローガン消去作業は当初海側と山側の二手に分かれて行われていたものの、海側の作業がほぼ終了したため佐藤当直助役らは山側に移動し、海側には宮竹当直助役ら数名の国鉄管理職員しか残らなかつたことからすると、当初海側へ行つた被告人中村が国鉄管理職員の移動につれて山側に移つて右作業への抗議行動を継続しようとすることは十分考えられるところであつて、前記佐藤証言は、他の証拠と符合し、その内容も合理的なものと認められ、その他所論の指摘する点や被告人中村らの原審以降の供述と対比して考えても、同証言の信用性に欠けるところはないものと認められる。してみると、原判決の挙示する関係証拠によれば、原判示第二の事実を優に肯認することができ(なお、所論が証拠に基づかずに原判決が認定したものとして指摘する諸事実については、例えば、前記機関車に「首切反対」と書かれていたことにつき、証人岡野一郎の原審第一七回公判証言中にこれに副う部分があるなど、いずれも原判決の認定に副う証拠が存在する。)、論旨は、理由がない。
3 原判示第三の事実について
論旨は、要するに、被告人篠塚、同中村らが竹田予備助役と労働運動などについて討論をした際、被告人篠塚や原審相被告人大澗慶逸において回答を促すために竹田予備助役の頭をヘルメツトの上から二、三回軽く叩いたり、同人の胸付近に触れたにとどまるにもかかわらず、原判決が、信用性のない証人竹田の原審証言に依拠して被告人篠塚らの犯行を認めたのは事実誤認に当たる、というのである。
しかしながら、証人竹田慶三の原審証言は被害状況を率直、詳細、具体的に述べたものと認められる。所論は、同証言は作為的、誇大的であると主張するが、同証言や証人岡野一郎の原審証言等関係証拠によれば、竹田予備助役は、被告人篠塚らから解放された後になつて初めて両足下腿部が赤く内出血していることに気付き、岡野首席助役に痛みを訴えて治療を受けるに至つており、虎溪医師の証言や診断書、負傷状況の写真等によつて明らかな原判示の受傷程度からしても右経緯に作為的、誇大的な点は看取できず、また、竹田予備助役が二つの病院で診察を受けて診断書二通を得て告訴するに及んでいるのも、同人が被告人篠塚らから取り囲まれて暴行を受けて負傷し、スローガンを消したことについて意に反した謝罪を強いられたりして被害感情を抱いていたとみられることからすると、特に不自然な行動ということはできない。また、検査掛詰所付近での竹田予備助役の被害状況を目撃していた証人岡野、同佐藤浩、同萩原及び同神田の各原審証言はいずれも前記竹田証言に副うものであり、竹田予備助役がさして状況に変化がなかつたものとみられる東部運転詰所入口付近での被害状況についてことさら虚偽の証言をするとは考えられないことをも考慮すると、同証言の信用性に欠けるところはないものと認められる。なお、原審証人萩原及び同神田は、東部運転詰所入口付近での被告人篠塚らと竹田予備助役とが相対している状況について、所論が指摘するように双方が大声でやり合つていたなどといつた内容の証言をなすにとどまつており、これらは前記竹田証言と一致するものではないが、右両証人はいずれも同所での比較的遅い部分の状況しか目撃しておらず、また靴先で下腿部を蹴るなどの暴行は見逃される可能性があることなどを考慮すると、右両証言部分をもつて直ちに前記竹田証言の信用性が否定されるものではない。その余の所論を検討しても原判決に所論のような事実誤認の違法はなく、論旨は、理由がない。
4 原判示第四の事実について
論旨は、要するに、被告人田中や同富岡は、出区点検の方法を是正させるために、飯塚長治機関士の肩に数回手を触れたにとどまり、もとより公務執行妨害罪に該当する暴行を加えていないにもかかわらず、原判決が矛盾、誇張などが多くて信用できない証人飯塚、同田辺及び同石井美向の各原審証言に依拠して右被告人両名の犯行を認めたのは事実誤認に当たる、というのである。
そこで検討すると、右各証言は、飯塚機関士は被害者として、田辺構内助役及び石井指導助役は飯塚機関士を電気機関車まで送ることを命じられた国鉄管理職員としてそれぞれ目撃体験したところを詳細、具体的に述べたものであつて、その大筋において相互に符合しており、また、飯塚機関士は、動労を脱退して後に鉄労に加わつた者ではあるが、国鉄や捜査当局に対して自ら積極的に右被害を訴え出たわけではなく、同人ら前記証人三名がことさら虚偽の事実を述べて被告人田中ら二名を罪に陥れなければならない事情は窺われない。なるほど、所論も指摘するとおり、飯塚証言には曖昧な部分があり、同人ら前記三名の証言の細部には齟齬する部分のあることも否定できない。ことに、飯塚証人は、原判示の電気機関車のデツキ付近で被告人田中から原判示の暴行を受けた後同機関車から降りたところで被告人富岡と出合い、同被告人から頬を三回位殴打された旨証言しているが、証人田辺の原審証言、被告人富岡の原審供述等他の関係証拠によれば、同被告人は、そのころはまだ同所に来ておらず、飯塚機関士が同機関車の下廻り点検を開始した後に来合わせていることが認められ、同機関士はこの点について記憶違をしていたものということができる。しかし、原判示第四の犯行は、被告人田中ら二名によつて同機関士の出区点検中に場所を移動しつつ連続的に行われたものであること、同人は被害を受けてから約二か月後に初めて捜査官の取調を受けたばかりか、同人ら前記証人三名は右犯行後四年余り後に原審で証言していることを考慮すると、前記の記憶違、証言内容の齟齬などは、体験の連続性・類似性、時間の経過などによる記憶の変容・欠落などによる結果と理解でき、右各証言全体の信用性を左右するものではないと認められる。また、前記機関車のデツキ付近における被告人田中の飯塚機関士に対する暴行を裏付けるものは飯塚証言のみであるが、同証言、被告人田中の原審供述等関係証拠によれば、同被告人の所属する動労は飯塚機関士の所属する鉄労を合理化推進、組織破壊集団と規定して対立関係にあつたうえ、同被告人は、昭和四七年四月三日国鉄から前示の被告人中村と同旨の理由で免職処分の通知を受けて同日原判示第一の犯行に及んでいて当時気持ちに動揺があつたとみられるところ、同月一二日乗務員詰所でオルグ中に動労組合員から鉄労の機関士がいるから来てくれと言われ、同機関士に何故動労を脱退したのか問い質そうと思つて前記機関車のデツキ付近に行き、動労に所属していることを示す黄色のリボンをつけていない飯塚機関士を見つけて、「あんた鉄労かい、黄色いリボンをつけてないじやないか。」と問い質したものの、同人はこれに答えず沈黙していたというのであるから、同被告人において、思わず気持ちが高ぶり、飯塚機関士が原審において証言し原判決が認定するとおり同人の頬付近を三回位手拳を前方に出して突くように殴打する行動に出ることも十分考えられ、所論のようにこれを不合理な行動とみて、前記飯塚証言の信用性を否定するのは相当ではない。さらに、被告人側の証人中島明の原審証言によれば、同人は、当時電気機関助士として前記機関車の運転席にいて状況報告書、運表等業務に必要な書類を作成中に前記デツキ付近にいた被告人田中と飯塚機関士を運転席の扉のガラス越しに見ていたというのであるから、同被告人の飯塚機関士に対する短時間の暴行に気付かないことも十分考えられ、同証人がこれを見ていないからといつて直ちに飯塚証言の信用性が否定されるものではない。次に、被告人富岡の犯行に関しては、同被告人の原審供述等関係証拠によれば、同被告人は、同田中と同じ免職処分の通知を受けていて、右犯行現場に通りかかつた際、同田中から飯塚機関士が鉄労に所属していると聞かされたのであるから、同富岡が同田中とともに右犯行に及ぶことも十分考えられる。また、証人飯塚及び同田辺の前記証言によれば、飯塚機関士は、被告人田中ら二名の暴行によつて顔面などに切創、腫脹などの傷害を負つた形跡はなく、その直後に高崎駅まで列車を運転し終えており、特に重い被害を受けたとはみられないが、これも、被告人田中ら二名の原判示暴行が主として突くような形での殴打にとどまつていたことからすると、所論のように不自然な結果とまでは考えられない。以上を総合して考えると、証人飯塚ら三名の前記各証言は、その内容に理解できない不合理な点はなく、他の証拠ともおおむね符合しているのであつて、その全体的な信用性に欠けるところはないものと認められる。そうすると、原判決が、主に右三証言を総合して原判示第四の事実を認定したことに違法の廉はない。他方、被告人田中、同富岡及び被告人側証人は、原審や当審において右被告人両名が飯塚機関士に対し所論のように軽微な身体の接触しかしなかつた旨述べているが、これらは、前記証人飯塚ら三名の各原審証言と矛盾し、ことに、田辺当直助役が飯塚機関士と被告人田中ら二名との間に入つて口頭で「これから乗務するんだから乱暴はよしなさい。」などと被告人田中ら二名の行為を制止したりしていることや飯塚機関士が前記機関車の点検終了直後に大宮機関区の当直助役室に行つて機関士の交代を求める挙に出ていることからして、被告人田中ら二名の同機関士に対する有形力の行使が前記被告人田中らの述べる程度にとどまつていなかつたとみられることに照らすと、前記被告人田中らの供述等は到底信用することができない。その余の所論を検討しても原判決に所論のような事実誤認の違法は認められず、論旨は、理由がない。
第二 弁護人の控訴趣意第二章の法令適用の誤りの主張について
1 原判示第一の事実について
論旨は、要するに、(1)坂田首席助役らは、稲荷台信号所に立入ることが職務としての合理性、必要性に欠けていたにもかかわらず、闘争時には互に同信号所に立入らない旨の大宮機関区と動労大宮支部との協定ないし労使慣行を踏みにじり、動労や同組合員に無断で一方的に同信号所への立入りを強行して紛争を作り上げ、動労や同組合員に対する不当な介入攻撃をしたものであつて、このような行為が適法な公務の執行とはいえないこと、(2)右の協定ないし労使慣行が存在していることを前提としていた被告人田中らは公務執行妨害罪の故意を欠くものであり、また同被告人や被告人篠塚の行為は同罪にいう暴行に該当しないこと、(3)被告人田中らの行為は、目的の正当性、手段・方法の相当性・緊急性・補充性、結果・影響と法益の均衡のいずれの点から考えても、労働組合法一条二項本文所定の正当な組合活動の範囲内のものであり、あるいは実質的・可罰的違法性を欠くものであること、(4)坂田首席助役が稲荷台信号所南口から二、三メートル出て佐藤企画係長と話合つて同信号所への立入りを諦めた時点で同人らの公務の執行は終了しており、それ以後における被告人中村らの行為は公務執行妨害罪に該当しないことを理由として、原判決が同田中らについて同罪の成立を肯認したのは法令適用の誤りに当たる、というのである。
そこで、まず(1)の所論について検討すると、関係証拠ことに証人岩田、同田辺及び同池田宏明の各原審証言によれば、稲荷台信号所には、信号掛、構内掛、機関士等が配置されていて、これら職員が大宮機関区や大宮操駅と適宜打合せながら電気機関車等の入出区を行つており、同信号所は右入出区の重要な拠点となつていたこと、正常な入出区業務を確保するのに必要な措置としては、同信号所と頻繁に電話連絡をとつたり、同信号所付近で直接入出区に対する規制状況を現認するなど国鉄管理職員が同信号所に立入らなくても行いうるものもあるが、正確な遅延時間・列車番号の確認など同信号所に立入ることによつて初めて行いうるものがあるばかりか、国鉄管理職員が同信号所に立入ることは、入出区に関する情報の把握や遅延に対する対応を迅速かつ正確に行うのに寄与するものであることを否定できないこと、動労は昭和四七年四月三日午後四時ころから同信号所における入出区規制を中心とした順法闘争に入り、同日午後七時ころには列車が遅れ始めていたことが認められ、右事実によれば、岩田機関区長において、信号、構内、誘導の仕事を行う職種の勤務あるいは作業内容を総轄する職責を有する田辺構内助役ら関係職員四名を同信号所に立入らせて入出区状況を把握し正常な入出区業務を確保しようとしたことは業務上必要な措置であつたということができ、しかも、原判示のとおり、右以前に田辺構内助役が入出区状況を把握するために一人で同信号所に入ろうとしたものの、動労組合員に阻止されてこれを果せなかつたのであるから、岩田機関区長において坂田首席助役ら九名を田辺構内助役ら四名の護衛に当たらせることとしたことに何ら違法な点はない。次に闘争時には互に同信号所に立入らないとの協定ないし労使慣行があつたとの所論について検討すると、証人小浦玄三の原審証言によれば、闘争時に労働組合員が度々同信号所に立入つてその業務を妨害し、その立入りを禁じてもこれが遵守されなかつたところから、これを遵守することを主眼として、原判示のとおりの事実上の取決めを行つたもので、右取決めによつて区長ら国鉄当局の同信号所に対する業務管理権を制約するものではないから、業務の必要上担当職員が同信号所に入ることは何ら差支えなく、その際労働組合などに了解をとる業務はなかつたものと認められる。そうしてみると、原判決が坂田首席らの本件職務行為を正当なものとしたことに所論のような違法の廉はなく、(1)の所論は採用できない。(2)の所論について検討すると、被告人田中らの行為を正当化しうる取決めなど存在していなかつたことは前述したとおりであり、仮に同被告人らの認識が所論のとおりであつたとしても、翻意を促すために説得することはともかく、実力をもつて阻止する挙に出た以上公務執行妨害罪の故意が阻却されるものではないから、この点の所論は採用できない。次に、公務執行妨害罪における暴行とは公務員に向けられた有形力の行使をいい、その性質上公務員の職務の執行を妨害しうるものでなければならないところ、被告人田中や同篠塚は坂田首席助役らに対し直接原判示の暴行を加えてその公務の執行を妨害しているのであるから、右被告人両名の行為が同罪にいう暴行を該当することは明らかであり、この点の所論も採用できない。(3)の所論について検討すると、被告人田中らの右犯行態様に照らしても、これらが正当な組合活動であることを否定し、その可罰的違法性に欠けるところはないとした原判決の判断は正当であつて、所論のような違法の廉は認められない。(4)の所論について検討すると、証人坂田、同佐藤昭二、同萩原、同田辺の各原審証言等関係証拠によれば、坂田首席助役は、被告人田中から稲荷台信号所南口から押し出された後、同信号所への立入りの困難性を感じ、近くにいた佐藤企画係長に対し「これじやどうにもならないね。」などと話したことがあつたが、その後もしばらく同所付近にとどまり、被告人富岡らを線路外に出して機関車も出区させたりして機会を窺つたものの、依然として事態が好転しないため他の国鉄管理職員全員に引揚げ指令を出して一団となつて引揚げたことが認められる。右事実によれば、坂田首席助役らの職務が終了したのは、同助役が右引揚げの指令を出した時点と認められるのであつて、これと同旨の原判決は正当であり、同助役が前記のとおり佐藤企画係長に話した段階で同助役らの職務が終了したとの所論は採用できない。そうしてみると、原判決に所論のような違法の廉はなく、論旨は、理由がない。
2 原判示第二の事実について
論旨は、要するに、機関車に対しスローガンを記載した場合は、その当時の労使の状況、スローガンの記載状況、内容等に照らしてその正当性を判断すべきところ、本件は、国鉄の生産性向上運動の推進に反対し不当な処分発令の撤回を求める闘争中に動労中央本部の方針を受けてなされたスローガンの記載であり、その内容も「不当処分粉砕」「マル生粉砕」といつた当然の要求に過ぎないから、被告人篠塚らが、右スローガンを消去する国鉄管理職員に対して一言抗議なり中止方を要請するのは一面もつともといえること、被告人篠塚らが行つた行為は、原審相被告人大澗慶逸が空のバケツを蹴とばし、宮竹当直助役の持つていたモツプを引き取つた行為のほかは口頭による抗議と中止のための説得であつたこと、被告人篠塚らの行為が消去作業を直接妨害した要素は少ないことからすると、被告人篠塚らの行為は労働組合法一条二項本文所定の正当な組合活動であり、また可罰的違法性を欠いているにもかかわらず、原判決が威力業務妨害罪の成立を肯認したのは法令適用の誤りに当たる、というのである。
しかし、労働組合員が国鉄の管理する電気機関車の車体に無断で直接石灰等でスローガンを大書することはこれを正当視しうる余地がなく、原判示のとおり現に威力を用いて岡野首席助役らのスローガン消去業務を妨害した被告人篠塚らの行為について、これらが正当な組合活動であることを否定し、その可罰的違法性に欠けるところはないとした原判決の判断は正当であつて、原判決に所論のような違法の廉は認められない。論旨は、理由がない。
3 原判示第三の事実について
論旨は、要するに、被告人篠塚らは、若年の竹田予備助役がスローガンの消去作業に参加したことを奇異に感じたことを契機として同予備助役と組合活動の在り方について論争をしたに過ぎないから、これは、目的、手段・方法、結果からみて労働組合法一条二項本文所定の正当な組合活動に当たり、また可罰的違法性を欠いているにもかかわらず、原判決が議論に名を借りた吊し上げであるとして傷害罪の成立を肯認したのは法令適用の誤りに当たる、というのである。
しかしながら、多数人で竹田予備助役を取り囲み、同人が前記スローガンを消去したことなどを詰問し、原判示の暴行を加えて傷害を負わせ、ついにはその意に反して右消去作業を行つたことについて謝罪させた後に同人を解放した原判示の右犯行の経緯、態様に照らすと、同人の若干思慮を欠いた発言が被告人篠塚らの感情を刺戟して事態を悪化させた点が看取されることを考慮しても、同被告人らの行動が所論のように組合活動の在り方に関する議論にとどまつていなかつたことは明らかであり、これを吊し上げとみて正当な組合活動とは認めず、その可罰的違法性に欠けるところはないとした原判決の判断は正当であつて、原判決に所論のような違法の廉はなく、論旨は、理由がない。
4 原判示第四の事実について
論旨は要するに、(1)公務執行妨害罪が国家的法益を保護法益としていること及びいわゆる公務を私人の業務よりはるかに厚く保護し、他面暴行、脅迫に至らない抵抗行為を処罰の対象から外しているその立法趣旨に照らすと、運転の準備作業で民間鉄道においても等しく行われている現業業務に過ぎない出区点検業務は同罪にいわゆる公務に該当しないにもかかわらず、また(2)被告人田中ら二名は、飯塚機関士の杜撰な点検作業のやり方を注意してこれを是正するのを目的として、同人の肩を軽く叩いたり肩などに手をかけて同人を脇に寄せる行為に及んだにとどまり、不法な有形力を行使しておらず、その被害も軽微で法益の均衡を失していなかつたのであるから、被告人田中ら二名の行為は労働組合法一条二項本文所定の正当な組合活動に当たるか、可罰的違法性を欠いているにもかかわらず、原判決が公務執行妨害罪の成立を肯認したのは法令適用の誤りに当たる、というのである。
しかしながら、まず(1)の所論について検討すると、公務執行妨害罪は保護すべき公務員の職務について何ら限定していないから、右職務とは、権力的、強制的性質をもつ行為に限らず、ひろく公務員が取り扱う職務のすべてを含むものと解するのが相当であつて、現業業務の除外を主張する所論は失当である。そうとすると、原判決が国鉄職員の職務遂行に対する妨害行為は、その手段方法により同罪の対象となるとしたうえ、飯塚機関士の行つた出区点検について現業業務とはいえその公務性を肯認したのは正当であり、この点の所論は、採用できない。次に、(2)の所論について検討すると所論は、原判決が正当に認定した被告人田中ら二名の飯塚機関士に対する暴行とは異なる事実を前提としている点で失当であるばかりでなく、被告人田中ら二名が同人の出区点検を追尾しつつ行つた原判示の執拗な言動からして、同人の出区点検に不備な点があつたことを考慮しても、同被告人ら二名の行為が所論のように飯塚機関士の点検方法を是正する目的でなされたものではなく、動労を脱退して鉄労に加入した同人に対する一方的な非難攻撃としてなされたものであり、しかもその出区点検に悪影響を与えたものと認めて、被告人田中ら二名の行為の目的、手段方法の相当性を否定し、その可罰的違法性を肯認した原判決の判断は正当である。なるほど、証人飯塚及び同石井の各原審証言によれば、飯塚機関士の運転する列車が三〇分位遅れたのは、直接的には、所論が指摘するように誘導係が遅れて来たことや大宮操駅内での列車編成作業が遅れたことによることが認められるが、もとよりその故に被告人田中ら二名の行為の可罰的違法性が直ちに否定されるものでないばかりか、飯塚機関士は同被告人ら二名の行為によつて冷静さを失つていたのであるから、同人が列車の遅れに対し早期に適切に対処しえなかつたことも右遅れの一因となつていた可能性が否定できないのであつて、右列車の遅れは被告人田中ら二名の行為の結果ではないとして可罰的違法性の欠如を主張する所論は採用できない。してみると、原判決に所論のような違法の廉はなく、論旨は、理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して主文のとおり判決する。